部の伝統でもある『エンジョイベースボール』を掲げ、2023年の夏の甲子園で107年ぶりに全国優勝を果たした慶應義塾高校野球部。その野球部で2015年からチームを率いる森林貴彦監督に、部活動の意義について聞いた。

教室では得られない価値がたくさんある。
SPECIAL INTERVIEW/森林貴彦(慶應義塾高校野球部監督)
Profile
慶應義塾普通部から慶應義塾高等学校、そして慶應義塾大学法学部法律学科卒。高校野球部ではショートとして活躍。2015年に慶應高校野球部監督に就任。2023年度高校野球夏の甲子園大会でチームを107年ぶりに全国優勝に導いた。
森林監督、よろしくお願いいたします。慶應義塾高校野球部の活躍により、部活動の在り方が少し変わり始めたように感じております。慶應野球部として大切にしていることはどんなことでしょうか?
部としては代々『エンジョイベースボール』を掲げており、まずは野球を「スポーツとして楽しむ」ことを大切にしています。もちろん楽しむと言っても、「勝っても負けてもいいや」ということではなく、勝利を目指して一生懸命努力をして、できるだけレベルの高い大会で、レベルの高い相手と勝敗を決することが最高の楽しみ方だろうと考えていますので、そこを目指してやっています。もうひとつは「自分で考える」ということで、これは部活動の価値にも関係してくるとも思いますが、指導者の言いなりにやるということでは、選手ひとり一人の将来に役立っていかないと思うので、自分で考える要素を大切にしています。
なるほど。部活を通しての人間形成であったり、その後の人生が大事であるということですね。
そうですね。お預かりしている高校生は卒業して18歳です。人生100年としたらあと80年ほど生きてくわけですよね。その80年間ずっと野球をやっていくわけではないし、「野球でない自分」というのも大事だと思うので、そこに向けて高校生という多感な時期に、野球を通していろいろなことを学ぶ、そして人間性を高めていくということが指導者の役割ではないかと思っていますので、「野球を教える」というよりは「野球を通して人を育てる」という意識は忘れないようにやっています。
野球を通してどんな人間に育ってほしいですか?
「人生は自分の幸せを追求していく」というのがひとつの目標かと思います。そしてこれからの時代、幸せのカタチもどんどん多様化していくと思います。そんな中で、「自分にとっての幸せって何だろう?」とまずは自分に向き合うこと。「自分にとって何が大事なのか」、「人生を通してどんなことを追求していきたいのか」とか、そういったことの答えを出していくことが大事だと思いますので、人から言われたことだけをやって、ではなくて、自分の人生も自分で切り拓いていって、俺はこんな人生を歩んできて、最後に「やりきったな」とか、あるいは「思い半ばだったけど、いろいろなことに挑戦したな」とか、振り返られる人生になってくれたらいいのかなと思っています。
森林監督が選手と向き合う上で気を付けていることはありますか?
できるだけフラットでいることは心掛けています。選手たちと本音で言い合える関係を作っていきたいと考えています。ただ私は50歳を超えてますから、高校生から見てこの年齢の人にすぐ本音が言えるかというと難しいところがあるかもしれませんが、いざという時に高校生が意見を言える関係を作ることは大事だと思っていますので、普段からできるだけフラットな関係づくり、それからコミュニケーションを多くとるということは心掛けています。
あと保護者との付き合い方で意識されていることはありますか?
ウチは3学年で100人を超えるような大きな世帯でもありますので、基本的には保護者との距離は遠くしています。仮に一部の方とお付き合いしてということになりますと、そこに不公平感が出てしまいます。逆に100人の方々と同じようにお付き合いできるかというとできませんので、基本的にはお子さんを通じて必要なことは伝える、あるいは年に二回の保護者会でこちらの考えを伝えるというやり方をとっています。
部員数がとても多いので、ベンチ外になる選手も大勢出てきます。選手たちへのケアはどのようにされていますか?
ウチは大学生のコーチが10人ほどいて、きめ細やかに見てくれています。チームの目標としては「日本一」というのが当然あります。「エンジョイベースボール」というモットーもあります。ただ、ひとり一人の目標設定も大事にしていますので、「エースになる」、「スタメンを目指す」という選手もいれば、「ベンチ入る」とか、「公式戦に一回でも出場する」とか、そういった目標設定もありますので、そこはできるだけ個別の目標設定を促すようにしています。そのために定期的に自己分析シートに目標を書き出すようにしてもらっていて、それを見ながらこちらも本人の意欲をさらに引き出せるように、あるいは軌道修正が必要であれば軌道修正を促すように配慮しています。
普段の練習でこだわっている所はどんな所ですか?
野球以外の時間も作るようにしています。例えば、OBを招いての講演会とか、自分たちで本を読んで感想を言い合う勉強会とか、大学とか社会人の練習を見学に行くとか。グラウンドで行う野球だけが野球ではないと思っていますので、多面的、多角的に人を育てるという意味で、いろいろなカタチで刺激を与えるようにしています。
部活動の価値とはどのようなことだとお考えですか?
部活動についてはいろいろは見方があるかと思います。ただ言えることは、グラウンドで仲間と目標に向けて進んでいくとか、勝ち負けという残酷なルールがある中で、それを受け入れながら進んでいくとか、教室では得られない価値がたくさんあるということです。それを部活動に関わっている教員、指導者がもっと伝えていかなければならないとも思っています。
目標は勝つこと。しかし、その先にある目的は「自分の幸せを追求する」こと。部活動に打ち込む期間は、さまざまなことを吸収できる期間でもある。部活動の取り組み次第で、きっと人生はもっと彩り豊かになる。部活動の価値は、やはり計り知れない。


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