2025年12月7日に行われた『福岡国際マラソン』にて、2時間8分51秒と自己記録を3分以上も更新して3位。見事、ロサンゼルスオリンピック代表選考大会であるMGCへの参加資格を得た。スズキ株式会社で働きながら、スズキアスリートクラブに所属し、世界を目指す大石巧選手に話を聞いた。

人生を切り拓くのは自分自身。
大石巧 スズキアスリートクラブ/マラソン選手
スポーツに出会ったのは6歳の時。友達に誘われてサッカーを始めた。竜洋西小学校時代は竜洋FCに所属。サッカーに明け暮れた。竜洋中学校でもサッカーを続け、袋井高校入学後も、迷うことなくサッカー部に入部した。「サッカーがとにかく好きで、相当打ち込んでいました」と話すように、陸上との接点はほとんど見当たらない。
転機となったのはサッカー部引退後、大学進学について真剣に考え始めてからだった。「正直、Jリーガーを目指せるような選手ではなく、サッカー選手として限界を感じていました。目標もなく、漠然と大学生活を送ることに疑問を抱いており、大学生になっても夢中になれる何かを探していました。その時に脳裏に浮かんだのが『箱根を走りたい』という想いでした」
小学校低学年の時、従兄弟が箱根駅伝に出場していたこともあり、観ることはとても好きだった。小学校の時からずっと、長距離は学校で一番だった。ただ、それだけで箱根は走れない。関東の競合大学に推薦で選ばれる必要がある。「箱根を走りたいという想いがどんどん強くなっていたので、まずは陸上部の顧問の先生に相談しました。すると、『さすがに記録が必要だ』と言われたので、高校3年の11月の記録会に出場しました」
5000mで15分30秒というタイムを出したが、高校時代はサッカー部。当然のことながら、大学の陸上部は誰も彼のことは知らない。「待っていてもしょうがないので、関東の強豪大学に『こんな経歴ですが陸上部に入れてくれますか?』と、自分で電話しました」
こんなことをする高校生を聞いたことがない。箱根駅伝に出場するような強豪大学の選手は全てが推薦。すでに枠も埋まっている。大学側も対応に困っただろうが、5、6校目の城西大学が陸上部の櫛部監督に繋いでくれ、練習に参加できることになった。その時言われたのは、「1000mを3分ペースで3本」。その走りが評価され、城西大学陸上部への入部が許された。ちなみに推薦枠ではなく一般枠。2月に一般入試を受け、合格後に入部した。60人ほどいる部員の中で、唯一の一般入試組だった。
「周りは高校で陸上部だった選手ばかり。高校から大学では走る距離、ペース配分が全然違うようで、戸惑っている選手が多かったですが、僕自身は陸上の練習も初めてだったので、『こんなもんだろう』と思って練習していました」と話すように、先入観がない分、すぐに練習に馴染み、走る度に記録を伸ばした。箱根駅伝では1年時からメンバー入りし、3年時、4年時には8区を走った。
「特別なレースでしたね。後にも先にも箱根を超える歓声を受けることはないと思います。沿道の声援が凄すぎて耳がキーンとなるという話を聞いていましたが、本当に凄すぎて。走り終わってからも耳がキーンとなっていました(笑)」
新たな目標をオリンピック出場に定め、スズキアスリートクラブに入部。「地元のチームだったことと、マラソンをやるのに適した環境だったので選ばせてもらいました。藤原監督と話をし、マラソンに専念するのは3年目くらいからだろうとなり、最初の頃は5000mや10000mをメインに取り組み、徐々に距離を伸ばしてきました」
普段はスズキ株式会社サプライチェーン推進部で朝の9時前から、部品調達などの業務に勤しむ。昼の2時に仕事を終え、夕方4時頃から練習。「メニューもありますが、比較的自分で考えて練習できます。通常、マラソンの場合ですと3、4ヶ月前から調整するのですが、怪我が続いていたこともあり、福岡国際マラソンに絞って7ヶ月前からじっくりと時間を掛けて調整しました。練習でしっかり走れれば、試合でもしっかり走れるタイプですので、手応えはありました」
2025年12月に行われた福岡国際マラソンでは2時間8分51秒で3位となり、2027年秋に行われるロサンゼルスオリンピック代表選考会MGCへの出場を決めた。「早い段階でMGC参加資格が取れたので、じっくりと調整して、大会に望み、オリンピック出場を目指したい」
サッカー少年が新たなステージで輝いた。それは誰かが敷いたレールの上での出来事ではない。全て自分自身が切り拓いた道。目標を明確にし、その目標を叶えるためのプロセスを、先入観を持たずに、他者と比較することなく、常識を疑い、実直に歩んだ。ただただ自分自身を信じて。
「大切なのは行動力。やりたいことが見つかったのなら、迷うことなく行動してほしいですね」
自ら行動することで人生は変わる。
Profile
1996年8月27日、磐田市生まれ。6歳からサッカーを始め、、竜洋西小学校時代は竜洋FCに所属。6年時に市町村対抗駅伝の選手に選ばれる。竜洋中学校、袋井高校でもサッカー部に所属し、主にサイドバックとして活躍。城西大学では陸上競技部に所属し、3年時、4年時に箱根駅伝に出場。現在はスズキアスリートクラブに所属し、福岡国際マラソンにてMGCの出場権を獲得した。










